うたわれるもの余録 追録版 

「月下の宴―ベナウィとカルラ」




夜も遅く。
とは言うものの、夜半までにはまだ少しだけ時間が残されている頃である。

「あるじ様・・・・・・」
書斎に入るなり、カルラは声を上げた。室内を見回すが、仮面皇の姿はなく、見えるのは書簡の整理をする忠臣の姿だけだ。
・・・・・・は、いらっしゃらないようですわね?」
甲冑を着けていない部屋着姿の彼は、いつもに増してスマートに見えた。
「ええ・・・・」
手を止めて、カルラのほうを見るベナウィ。
いつものように、その表情は冷たく揺ぎ無い。
「何かご用でしょうか?」
「いいえ。別に大して事ではございませんわ」
つまらなそうにそう言ったカルラは、踵を返す。
ひとかかえもあるような大きな瓶を持っているにもかかわらず、全く重そうな素振りを見せない身軽さだ。
そんな後姿に、ベナウィはまるでひとりごちるかのように言った。
「・・・・・・先程、アルルゥ様がおいでになりました」
カルラが足を止める。
「おそらく、今頃はその対応で、聖上もさぞ忙しいことでしょう」
言いつつ、ベナウィは何事もなかったかのように作業を再開した。
「あら、そうですの・・・・・・それは、ご丁寧に」
静かな、感情の揺らぎもないカルラの声。
「・・・・・・でも、わたくしそれほど野暮ではございませんことよ?」
「・・・・・」
聞こえないのか、ベナウィは無言のまま作業を続けていた。
「ふぅ・・・・・せっかく、おいしいお酒が手に入りましたのに・・・・・・」
今度は、カルラがひとりごちる。
そして、部屋の入り口にある柱にもたれながら、ベナウィを見た。
「ところで、あなたはまだお仕事中ですの?」
「いえ、今、終わるところです。今日は、早く終わって幸いでした」
今度は、ベナウィも答える。
「昼間余計な邪魔が入らなかったおかげで、聖上のお仕事も順調だったようです。おかげで、私の仕事もはかどりました」
いつもどおり、静かな声。
「それは、幸いでしたわねぇ」
なおざりに答える、カルラ。
「明日もこうであって欲しいものです」
ベナウィはと言えば、まるで祈るかのような口調だ。
すると一転、カルラがいい事を思いついたとでも言うように、手を叩いた。
「でしたら、それを祈願して、今から一杯やりませんこと?」
「・・・・・・」
一瞬、言葉に詰まるベナウィ。
その時、ようやく二人の目が合った。
「・・・・貴女の相手をしろ、と?」
「そういうコトをはっきり言うのは、野暮だと思いますわ」
「そうですね・・・・・」
ふっ、と笑みを浮かべるベナウィ。
「では、野暮のおわびに、一杯だけお付き合いしましょう」
「あら?」
「意外ですか?」
「いいえ、一杯だけというのがちょっと引っかかっただけですわ」
「あなたの相手だと、先に断っておかなければ、なんだかんだで際限のない酒宴になってしまうでしょうから」
あくまで冷静なベナウィ。
それに対し、カルラは悪戯っぽく笑って言う。
「仕方ありませんわね。ではこの瓶一杯ということで・・・・よろしいかしら?」
「・・・・・・。結構でしょう」
溜息のあと、渋々承諾するベナウィだった。


「では、一献」
「・・・・いただきます」
床まで切り欠かれた大きな窓の際。
簡易な卓に、酒瓶と盃が二つ。
そして、向かい合う二人。
在るのは、それだけだった。
「何か、酒菜でも用意すれば良かったですわね」
「そうですね・・・・・」
ベナウィは、盃に満ちた液体を一気に呷ると続けた。
「・・・・ですがこうやって、ただ月を眺めながらの一杯も、悪くはありません」
そして、視線を上に向ける。
窓の外には、高い位置に月が登っていた。
満月には足りないが、もう満ちる寸前だ。
「風流・・・・ですのね」
カルラは、言いながら瓶を差し出した。
受けるベナウィ。
「あなた程では・・・・・」
「あら、お上手」
今度は、ベナウィが瓶を取り、カルラの盃を満たした。
「事実を言ったまでです」
「せっかく誉めてあげましたのに・・・・・」
カルラ、ゆっくりと盃を傾けけながら、
「・・・・・こういう時は、もう少し気の利いた台詞でも続けるのが『粋』というものではなくて?」
「生憎、会話で相手を喜ばせる術には長けておりませんので・・・・」
「それでは、女性にもてませんわよ」
と、一瞬、虚を付かれたようにベナウィは盃を止めた。
そして、
「ふふっ・・・・」
少し嗤う。
「何か、おかしくて?」
「そうですね・・・・・」
ベナウィは、わずかだけ盃に口を付け、続ける。
「女性の事など、ついぞ考えたことがなかった自分に、少し呆れていました」
「それは・・・・・・世界の楽しみの半分を放棄したようなものですわよ」
こっちが呆れましたわ、といった表情でカルラは言った。
「確かに」
自嘲気味に言うベナウィ。
盃を置いて瓶を取り、少し減っていたカルラの盃を満たす。
「ふぅ・・・・」
それを、一気に乾すのと同時に、溜息をつくカルラ。
半ば、吐き捨てるかのように言う。
「この國は、どうしてこう、朴念仁ばかりが揃っているのかしら」
「朴念仁ばかり・・・・でしょうか?」
言いながらベナウィは、瓶をカルラの盃に据え、傾けた。
「國の一番上に立つ人を見てごらんなさいまし」
カルラの、半ば諦めにも似た声。
「それは・・・・・・」
と、カルラの盃に酒を満たしながら、ベナウィは苦笑する。
「なんとも弁解のしようもありませんね」
すると、カルラは半眼でベナウィをねめつけた。
「そう思うのでしたら、一番の部下である貴方から改善してみてはいかがかしら?」
そして、盃を呷る。
「ご忠告、痛み入ります」
ベナウィは、続けてカルラの盃へと酒を満たした。
「・・・ですが、私自身はこの性格が気に入っておりますので」
「つまらないですわね。それって、あまり魅力がありませんわよ」
「それは、朴念仁に魅力がないということでしょうか?」
訊きながら、ベナウィは瓶を盃に持ち替える。
「そうですわ」
わずかに強い語気のカルラ。
しかしベナウィは、臆する風もなくおもむろに訊ねた。
「でしたら、なぜその朴念仁の典型のようなお方から、貴女は離れられないのでしょうか?」
「・・・・・・・」
今度は、カルラが虚を付かれる。徐々に顔が渋い表情へと変わって行った。
そして、一気に盃を呷る。
「・・・・・貴方、結構性格が悪いですわね」
「誉め言葉、と受け取っておきましょう」
涼しい顔の、ベナウィだった。

窓の外では、虫たちが、五月蝿いほどに歌を奏でていた。

「このお酒、如何かしら?」
ベナウィの盃に、透明な液体を満たしながら、カルラが訊ねた。
少しだけ盃に口を付けたベナウィは、暫し舌の上で転がすように味を、風味を堪能する。
「辛口で、すっきりした感じですね。とてもおいしいです」
感想は端的だが、その表情から味の奥深さが感じられる。
「透明なお酒なんて、珍しいしょう?」
「聖上が新しく造らせた酒ですね」
あっさりと答えたベナウィに、カルラはすこし驚きの表情を見せる。
瓶を傾ける手が、一瞬止まる。
「あら、知ってらっしゃったの?」
対してベナウィ。
カルラの手から瓶を貰い受けると、返盃しながら静かに答える。
「一応、聖上のお手伝いをさせて戴いておりますので・・・・・・酒蔵の設備拡充にも関わらせていただきました」
「そうなんですの」
「最も、呑むのは今日が初めてですが・・・・・」
ふと、何かを思い出したように眉をひそめるベナウィ。
少し、手が震えてくる。
「そうなんですの?」
「ええ。まだ試作の段階で、聖上と杜氏たちだけしか呑むことができないはずなのですから」
見ると、ベナウィは苦虫を噛み潰したような表情である。
「あら」
口元を押さえる、カルラ。
しかし、あまり悪びれた風もない。
「別に、咎めたりはしません。ただ、聖上には報告させていただきます」
すると、今度はカルラが酒瓶を奪い返し、盃を手に持つようにベナウィを促しながら一言。
「貴方も同罪になりますわよ?」
くふっ、と笑みがひとつ。
「・・・・・・・」
ピタリと、盃を持つ手が止まるベナウィ。
眉間に、わずかながらしわが寄っていくのが判る。
カルラは妖艶に笑った。
「ふふふっ・・・・では、もう一献」


しばらく沈黙が続いた後、カルラが唐突に口を開いた。
「結構、お強いのね」
一瞬、その意味を理解できなかったが、ベナウィはすぐに把握した。
酒への耐性のことだろう。
「オボロに比べたらマシ、といったところでしょうか」
静かに答える。
「あの若様に比べたら、誰でも酒豪になってしまいますわ」
カルラがベナウィの盃に、透明な雫を落としながら言った。
どうやらオボロの酒の弱さは、カルラも承知していることらしい。
「貴女に比べたら、私など下戸の部類になってしまうような気もしますが・・・・・」
ベナウィは、半ば呆れたようにカルラの盃を見た。よくよく見ると、盃の大きさが大分違う。カルラのものは、ベナウィのそれの倍近くあっ
たのだ。
それに、もはやベナウィに瓶を渡すことなく手酌で酒を注ぎ、鯨飲するカルラである。
「そんなことはありませんわ」
そして、更にベナウィの盃へと清酒を注ぎ足すカルラ。
「もうかなり呑んでますけど、全然平気に見えますわよ?」
かなり呑んでいるのは、貴女だ!
とか思いつつも、話を合わせるベナウィ。もちろん、顔にも出さない。
「侍大将ともなると、部下と呑む機会も増えます。うちには特に、クロウのようなウワバミもおりますので・・・・・・慣れ、というヤツか
もしれません」
多分に謙遜を込めて、ベナウィが言う。
するとカルラは、少ししなだれかかる様にベナウィへと身体を寄せ、上目遣いで言った。
「お酒に強い男性って、わたくし、嫌いではありませんわ」
ゆっくりと、艶っぽく、だ。
「そうですか」
それに答えるは、ベナウィ。
全く動じず、平静な声だった。
「・・・・でしたら、クロウにそう伝えておきましょう」
「・・・・・・」
しばらくそのままの態勢で時間が止まる。
が、平然として態度を変えないベナウィに興味を失ったのか、カルラはかすかに鼻を鳴らした。
「・・・貴方、なかなか素直じゃありませんわね」
と、身体を戻し、手に持った盃をぐいっと呷る。
ベナウィも、それに呼応するかのように盃を空けた。
それから、涼しい顔で言う。
「それも、誉め言葉と受け取っておきましょう」


「・・・・・残念。もうなくなってしまいましたわ」
ひとかかえもある酒瓶も、大きいとは言え『有限』である。
やがて宴は終わりを迎えた。
カルラが、名残惜しそうに瓶を逆さにして覗き込む。
一滴だけ垂れた酒の雫が、その頬を濡らした。すーっと流れたそれは、やがて待ち構えていたカルラの舌で舐め取られる。
意地汚いような仕草だが、ベナウィにはそれが、何故か不思議と優雅に見えた。
続けてベナウィは、自分の盃の中身を飲み干す。
最後の一滴が胃の府に落ちて、ゆらゆらとたゆたうのが判る。
美味い酒と柔らかに闇夜を照らす月、それに・・・・性格は一癖あるものの、見目麗しい美姫が一緒。
悪い宴ではなかった。
「さて・・・・・」
ベナウィは、すっと立ち上がった。
さほど音も立てず、空気も揺らさない。
それは、酒を浴びるように呑んだとは思えない、滑らかな動きだった。
「では約束通り、私はこれで・・・・・」
言うが早いか、カルラに背を向けると、一歩踏み出す。
『躊躇なく』と言う言葉が、なんとも相応しい仕草でだった。
「あ〜ら、なんてあっさりした男かしら・・・・・・」
と、自分の盃に残った酒をちびちび舐めていたカルラが声を上げた。
「・・・・もう少し、余韻とかありますでしょ?」
少々批難めいた含みを匂わす言葉運びだ。
足を止めるベナウィ。
ただ、振り返ることはしない。
「聖上の代わりは、もう充分務めたと思いますが・・・・・・これ以上をお望みですか?」
静かな・・・・・これ以上ないように、静かな重みをもった声だった。
それに答えるカルラの声もまた、静かだった。
「いえ・・・・・楽しかったですわ。名高きケナシコウルペの侍大将・・・・・・」
そこまで聞こえたとき、ベナウィは背後でなにかがぶわっ、と膨らむのを感じた。
それまで、全く感じなかったそれ
戦場で感じるモノと、良く似たソレ
「・・・・・一度、差しでお相手して戴きたいと思っておりましたの」
その声量は変わらず、『質』だけが全く異っていた。
もはや、先程まで一緒に盃を傾けていたモノとは全く違った気配を放っている。
全身が、総毛立った。
― くっ!
踏みとどまる。
思わず跪きそうになるのを、どうにか堪える。
こめかみを冷たい汗が流れた。
が、耐え切った。
ベナウィは、自らを奮い立たせる。
そして、自らの内に封じていたモノを解放する。
『水神』が全身に漲った。
そして、ゆっくりと振り返った。
もはや、挫けることはない。
「貴方にそう言われると、酒の席であった事が失礼だったかのように感じさせられます」
静かな声が出た。それはまた、先刻までのベナウィのモノとは違っていた。重く、静かな声。
見下ろす。
そこには、妖しく嗤う女剣奴がいた。
二人の視線が、絡み合う。
気がつくと、五月蝿いほどだった虫たちの声が止んでいた。
すーっと、カルラの目が細められる。
「あら、別のところでもお相手して戴けるのかしら?」
地の底から響くような声だった。
カルラは、自分が発した声を讃えたいととすら思った。それは、そんな声だった。
一方、ベナウィの目もまた、細められていく。
氷のように、鋭く。
「ご希望とあらば」
重みを持った、澄んだ声が響く。
氷のように冷たく、硬く、重くカルラの上に覆いかぶさって行く。
― つっ!
その、久しぶりに感じる押し潰されんばかりの圧倒的な重圧をカルラは心地よく感じていた。
「そう・・・・・・それは、楽しみ、ですわ」
カルラの口の端が、更につり上がった。
凄絶な笑みが炎を描く。
「ギリヤギナ族の闘覇者を、どれだけ楽しませることが出来るか判りませんが・・・・」
一度目を閉じたベナウィは、体内で練り上げたありったけの『水神』を視線に込めて放つ!
「・・・・・今宵よりは心躍るひと時を約束しましょう」
迸り、カルラを飲み込もうとするような奔流。
それは、万物に染み渡り、凍てつくような声だった。
「ふ、ふふふふ・・・・・・」
自然と笑みが零れる。
カルラは、体内を駆け巡る獰猛な『火神』を感じていた。
それは、ともすれば「歓喜」にも似た感情だった。

「ではこれで。失礼いたします」
すっ、と視線をおとすと踵を返し、何事もなかったようにベナウィは去った。
一瞬である。
それまで張り詰めていた、重苦しいまでの重圧を総て解放・・・・・いや、受け流したのであろう。
カルラにしてみると、拍子抜けのような感もあった。
鮮やかなまでの、それは退き様であった。


「ふぅっ・・・・」
しばらくして ― 虫の声が再び聞こえ始めた頃、カルラはようやく息をついた。
熱い、熱い吐息だった。
カルラはゆらり、と立ち上がる。
いつも間にか、手の内の盃は粉々に砕け散っていた。
いまだ身体中を駆け巡る『火神』
それを沈めるための時間を、カルラはまだ少しだけ必要としていた。
「侍大将 ベナウィ・・・・・・面白い漢・・・・・あの若様やデカいのとは、少しばかり違うようですわ
ね・・・・・・ふふ、うふふふふ・・・・・」


見上げると、そこには月。
ただ月だけが、変わらずに輝いていた。

<終劇>


(2006.12.6)
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【あとがき】
ベナウィとカルラ。
絡みの少ないふたりが絡んだらどうなるか・・・・・興味がありませんか?
ふたりとも、かなりのツワモノ同士だから、おもしろいことになりそうですよ。
「力」ならカルラ、「技」ならベナウィでしょうか?
カルラの攻撃を、ベナウィが凌ぎきれば勝ち目があるかもしれませんよ。
しかし・・・・こんなの書いてないで、早くゲームを終わらせなくちゃなぁ・・・・・・orz


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